2015年10月20日 (火)

久しぶりの剣山

剣山へ登った。秋の好天に恵まれ大自然を味わった。山頂には新しくトイレが完備されていた。以前の山のトイレとは比較にならないほど清潔できれいな水洗式になっていたので驚いた。

P1140519

剣山頂上ヒュッテで昼食をとりそのまま足をのばし次郎岌へ登ったあと、下山した。

P1140536

どの山も登るたびに新しい発見があるが剣神社の大岩が人の形に見えることを初めて知った。

P1140582

秋の紅葉は中腹まで降りてきていた。日光に照らされた紅葉はひときわきれいだった。この自然がいつまでも続いてほしいと願った。

P1140599

2015年2月14日 (土)

春近し

とても寒い日が続き、この何日間は雪が降った。今朝は明るい太陽が出ている。

反面、今年に入っても暗いニュースばかりが世間を包んでいる。子供を虐待し死に至らせた親、子供を殺した近所の男、宗教絡みで戦争ばかりをしている者たち。

いずれも一番の被害者は罪のない子供たち。そんなことはみんな知っている。知っているけどどうしようもない。

使い古された言葉をつかうなら「悲しい現実」

そんな現実を抱えながらも、自然はゆっくりと時を刻んでいる。

Dsc_1907

今朝はそれが実感できるような朝だった。自宅の窓から遠くに見える落合禿は雪に覆われて、対岸の栗枝渡地区は残雪が見える。

いずれも冬のたたずまいであるが、そこに見える多くの杉は枝の先端に花粉をつけ飛ばす準備はほぼ整っているようだ。

憂鬱な花粉症の時期がくる。それはこの雪国の祖谷にも春が近いということだろうか。



Dsc_1908

2014年11月14日 (金)

今シーズン最初の雪

寒い日が続くと思っていたら、高い山は雪で白くなっていました。

国見山へ今日登ってみたら、ちらほらと雪が落ちてきて、そこらのクマザサの上にはうっすらと雪が積もっていました。

いよいよ秋も終わり冬到来・・・肌で実感した山登りでした gawk

P11207371

2013年9月16日 (月)

田舎の登山シーズン到来

台風が通り過ぎ落ちてくる雨は見えなくなったが、吹き返しの風がときおり強くなる。そんなスタートを切った今日は敬老の日である。小姫&小太郎にはじいやん・ばあやんに電話をかけて日ごろのお礼を伝えるように言いつけた。小さい頃からそういうことを子どもに植えつけることも大事かと思う。そうしておくと自分たちがじいばあになった時にすこしでも子や孫からやさしくされるかもという下心もあったりするcoldsweats01

P1100190_2


秋の始まりが朝晩の澄んだ空気をとおして感じられる。いよいよそれが加速する時期になってきてこの田舎へやって来る登山客も増えつつある。その楽しい登山が一変して楽しくなくなることもある。登山は不思議なもので目的地でおいしい弁当を食べる・・・あとは下山をして帰るだけ、という時にやれ病気だの、やれケガだのが襲いかかってくる。

登山者A「突然、苦しくなり頭がふらついて・・・」 こう証言したこの人は、意識を4~5分失っていたものの防災ヘリで運ばれて事なきを得た。

登山者B「足が滑って転倒し歩けなくなって・・・」 こう証言したこの人は、足首を骨折したものの防災ヘリで運ばれて下山できた。

ここ最近、登山者のケガ・病気が増えている。いずれも高齢者あるいはそれに近い年配の方である。持病の管理はもとより体調を整えると同時に、足腰を鍛えるために斜面を歩行する練習をして登山することが大事である。

足場の悪い登山道でケガをした人のほとんどは「いつもジョギングや散歩をしているのですが・・・」という。アスファルトで覆われた平坦な道路を走ったり歩いたりしても、登山への対応が必ずしも十分であるとはいえない。石ころがあり、木の根があり、滑りやすい土があり、急斜面があり、木の枝や飛び回る虫が邪魔をする。それが登山道の常であり、それ以外に天候も登山の邪魔をする。

これからシーズンを迎える登山を楽しくさわやかにできるよう登山者のみなさん、がんばって日々トレーニングを重ねてくださいhappy01

P1100191_2
台風が過ぎればこのとおり・・・

2013年6月11日 (火)

今年の梅雨は・・・

今年はいつになく梅雨入りが早くなった。いよいよ雨空と付き合わなくてはならないのかと思いきや晴れた日が続き、各地で水不足がおきている。

今日のように晴れた暑い日に汗を流しながら仕事をしていると、つい昨年夏の忌まわしい出来事を思い出す。トト虫は生まれて初めて熱中症になったのだ。夏休みに入り当時6歳の小姫、4歳の小太郎をつれてカミさんが実家の神奈川県に里帰りしている間にそれは起きた。

古い浴室を壊しリフォームしようと朝からコンクリートを壊す作業などをしていた。もちろん熱中症の怖さを知っていたので水分をとってはいたが、ちょうどスポーツ飲料をきらしていたので、お中元に頂いた缶コーヒーを何本かすすりながらの作業になった。

滴り落ちる汗を拭きながら夢中で作業を進めていると、だんだんと体が思うように動かなくなり、昼食すらも取れなくなった。疲れすぎたのかと思い、しばらく横になっていると、体調はさらに悪くなりトイレに行こうとしてもふらついてうまく歩けない。coldsweats02

その時はじめてひょっとして熱中症になったのかも・・・と不安になった。夕方、おふくろに頼み町の病院まで車で送ってもらい、点滴をすませて夜中に帰って来た。ドクターに、これからは熱中症をふせぐように塩分を含むスポーツ飲料のようなものを十分とりながら作業をしてください。コーヒーの類はだめですよ・・と言われた。

今年はすでに夏日が続いている状態だ。ニュースでは各地での水不足と熱中症で病院に運ばれた人の話題が増えている。みなさん、熱中症にはとにかく気を付けてください。こまめな水分補給を欠かさずに暑い季節を乗り切りましょう・・・happy01

P1080303

2012年10月 8日 (月)

今年のジャズの夜

また今年も秋を迎えジャズフェスタが武家屋敷で行われた。その回数も22回を数えもうこれはひとつの東祖谷の歴史であり素晴らしい文化的行事になっている。

このジャズフェスタは音楽と料理を田舎で楽しむことが趣旨であり、入場料を払えば誰でも入場できる。一部の人からは入場料の5千円は高いとの声もあるが、生演奏を聴いて料理を食べて5千円だけというのは安いと思う。

採算など考えてないから差引ゼロになるならまだいい方で、多少の自腹は当たり前である。なぜそこまでしてスタッフはこの行事を支えつづけがんばるのだろうか?

その責任者である船長さんのかみさんのTちゃんにたずねてみた。「東祖谷の子どのたちが大きくなって町に出てもこの故郷を好きでいてくれるように、なにか思い出になり自慢できるような行事があればいいのに・・・」との思いからなにかをやろうと始めたのが、たまたまこのジャズフェスタであったとのことである。

今年もトト虫一家はスタッフとして参加し、会場の設営や料理の手伝いをして微力を尽くした。この田舎に根付き22年の間それにかかわったスタッフの汗と苦労を肥料にして成長したジャズフェスタという木は大木になりつつある。トト虫もスタッフのひとりとして、とくに《活彩祖谷村》のばあば連の食材提供やよく手伝ってくれた子供たちの頑張りにありがとうと拍手を送りたい。

今年も10月第1土曜日の夜、大井貴司&スーパートリオのジャズ生演奏と祖谷の食材を使ったマクロビオテックなる料理を堪能しながら、ここに集った人々は武家屋敷の夜に溶け込んでいった。また来年も、ドタバタとしながらハラハラとしながら綱渡りのような準備をして、ジャズの夜を迎えるのだろうなぁ・・・

2012年6月13日 (水)

田舎は誰のもの・・・

寒い朝が続いて夏が来ないのかと思っていたが、ここ最近は朝も気温が上がりすごしやすいがその分、昼の暑さが気になりはじめた。

気になると言えば、登山に行くとクマザザが荒れていて昨年の台風で土砂が流れ出し、まるで登山道が小さな谷になっているようなところがある。この10年くらいでやたらに登山客が増えこの田舎に押し寄せている。踏み荒らされた登山道の土がむき出しになり、そこが大雨で流された結果、そこは歩けなくなり、また新たにその横のクマザサが踏みわけられ道ができている。いずれそこも流されて悪循環を繰り返し山は次第に荒廃していくのだろう。

四国第2の高峰、剣山を取り囲む剣山系の山々では、その木々が枯れてゆくのは鹿による食害であることがわかり、鹿を退治しようと市もやっきになっているが、トト虫が思うに問題なのは鹿よりも退治できない人間である。ありがたくない登山ブームでこの田舎に登山客がやってくる。背中には町のコンビニで買ってきた弁当とペット飲料を背負っている。だからこの田舎では何も買わない。

そのうえ道迷い遭難でもされたら地元の村人たちが捜索に借り出される。自分の仕事はさておき山へボランティアで捜索に入るわけだから、その日の賃金は当然ない。理不尽なことだが仕方がない。つまり地元には不利益はあってもなんの利益もないということだ。

そんな登山客でも、当たり前に本来の登山道を歩いてくれるのならまだ文句はない。中にはジコチュウがいて「山は誰のものでもないし、どこを登ってもいいんだ」と勝手なことを言って、墓地だろうと私有地だろうと勝手に入り込んで、誰もいないことをいいことに山に入ってやり放題となる。おまけにそこで撮った写真をネットに流す。これを見た別のジコチュウがこんな自然がまだあるんだ・・そう感動してこの田舎にやってきて好き勝手がひろがる。ピカチュウなら可愛いがジコチュウはどうしようもない。

田舎に暮らしているのはほとんどがお年寄りである。人がいいので嫌なことでも、どうぞ。どうぞと言ってしまうし、あるいは、ここを通らないで下さいと言えない気の弱い人や、空家になっていて誰も文句を言う人がいないところも多い。だから好き勝手にされてしまう。

トト虫がこの田舎で生まれて50年を過ぎた。その間、かなりの村人がこの田舎を去り町へ降りて行き生活をしている。トト虫はこの田舎に家を建て暮らしている。山を愛し自然を愛し、それゆえこの山奥の地に付きまとう不便な日々と格闘しながら生きることを選んだ。

買い物にしても小さな雑貨店が数件あるだけで、味噌醤油なら事足りるが特定の買い物をするには町へ降りていかなければならない。また風邪をひいたくらいなら一軒だけある診療所で診てもらうが、専門的な病なら町の病院まで降りて行くことになる。それでも自家用車を持っている者なら1時間あまりも運転すれば町につくが、そうじゃない者はバスに乗って2時間近くゆられて町に行くことになる。

日頃は便利な町に住んでいて、気分晴らしにだけこの田舎の山へ登りにやって来て、自然は誰のものでもないと言いきってやり放題の登山者の方々、この田舎で暮らして不便をじっくりと味わってほしい・・・。そのうえで山は誰のものでもないと言うべきだ。確かなのは、この田舎の山や自然はここで生きているすべての生き物のものであるということだ。

そんな不便がつきまとうこの田舎はこのままでいいと思う。観光客は大歓迎だが登山客は大迷惑なのでお断りしたい。とくに山はみんなのものだから、どこからでも登ってやろうとか、どこからでも入ってやろうというジコチュウな登山客を見つけたら、その所有者に代わって1~2発このトト虫がぶん殴って下界へ追い返してやろうと思っている。

2012年5月15日 (火)

立木の伐採

この田舎はまだ寒い。特に朝は8度~12度くらいだ。日中、気温が上がり始める頃になると、自宅の下に生えているヒノキや杉を切り倒している。一年前にこのブログに書いたが木の皮をむき、立ち枯らしをしていたものだ。

素人が立木の伐採をすることは危険だ。とくに強い風の吹く日や急な斜面での伐採作業はやらないほうがいい。伐採中に事故にあって怪我をしたり、ときには死んでしまうこともある。それほど危険だと認識することが大事だ。

石橋を叩いても渡らない・・・と自分で言うほど慎重なトト虫である。風の強い日は伐採作業をしないし、急な斜面での作業ではロープを使って一定の方向へ倒れるように準備をしてから伐採をしている。何本か切るうちにチェンソーの切れ味が悪くなると、新しいチェーン刃と交換してからまた始めているし、木が倒れだしたら安全域へ移動できるように先にその場所も確保している。

そうして伐採を続け最後に残った大きな杉の木が6本。先に切り倒した物と違ってサイズがでかい。大きい物は直径60cmくらいもある。最近になってそのうちの3本を切り倒した。残り3本を近いうちに切り倒す予定だが、そのうちの1本にかけてあった巣箱にシジュウカラが入りヒナを育てている。それが終わるのを待って切り倒す予定だ。

うまく切り倒したらまた掲載します。

2012年3月25日 (日)

落合小学校閉校式

昨夜から吹き始めた風は今日も朝から吹き荒れていた。この風で飛ばされる杉の花粉を朝からしこたま吸い込んだ花粉症のトト虫は、鼻水と格闘しながら本日行われる三○市立落合小学校の閉校式へ行く準備をしていた。準備と言っても背広を着るだけなのだが・・・

午後からの受付時間に間に合うようにカミさん&子どもたちと同小学校へ行くと、見慣れた面々が集まってきていた。数日前まで春の陽気だったのに昨日からはまた冬に逆戻りしたかのような寒い空気がこの田舎に流れていた。会場の体育館内には大きなストーブが何台かあったが焼け石に水状態で、パイプ椅子に座ってしばらくすると足元から寒さがじわじわと登ってきた。

その寒さを忘れるかのような閉校式。国会議員の方々。市長、市議の方々。来賓の方々から閉校に当たっての言葉があり、14名の子どもたちがこの小学校のたどった歴史を芝居まじりになつかしく説明した。会場のみんなで明日からは使われない校歌を合唱したときには胸に熱く込み上げるものがあった。

明治22年から122年続いた歴史の中で3535名の卒業生を送りだした・・・その歴史を惜しむかのように閉校式が始まったあたりから雪が降り出した。そのなごり雪は紅白歌合戦で歌うサブちゃんを包んで舞う紙吹雪のように、校舎をまっ白い花吹雪で包み込んだ。

最後に子供たちが力強い和太鼓の演奏をして閉校式を華やかにしめたのだが会場に集ったみんなに忘れることのない感動を与えた。それは打上げ花火のドーンという大きな音で夏が終えんする寂しさと似通っているようで、和太鼓のドーンという大きな音でこの小学校の歴史は終わったのだ。

なごり雪の視覚効果と和太鼓の音響効果・・・すばらしくも悲しい演出で閉校式は終わったが、落合小学校という名称とこの地での歴史はなくなろうとも大きな校舎は残る。せめて残った校舎を有効に利用して次の歴史を作ることを当市に期待している。

落合小学校ありがとう。そしてさようなら・・・

2012年3月 6日 (火)

田舎の水道③

この地区から見える対岸の落合地区。徳島県でも2か所だけの重伝建である。それを見るための展望台ができた。最新の水洗トイレを完備しているので、どうしても水が必要になる。ところがここは昔から水がない地区なので、当市は高額の予算を組み簡易水道を敷設することにした。それが2年前のことだ。

この田舎での水道事情の悪さは先に書いたとおりだが、この水道は新しくできる統合学校にも使う算段であったが、こういうことは住民の意見を聞かないで行政が先走りをするとなぜかうまくいかない。当市は、水道プランナー(こんな職があったんだ)なるはじめて耳にする専門家に依頼し水道を設計した。

当初の説明会ではここに住む住民からは「干ばつ時期でも水はあるのか?」「冬季に凍結しないのか?」との疑問があったのだが「計算しているので大丈夫です」「ホースは特殊なもので凍結はしません」との回答であった。つまりは専門の水道プランナーが設計してあるので大丈夫ですとの答えだ。専門家などと言っっても所詮人間のやることであるgawk

待望の簡易水道ができ、水が流れはじめた2年前の春からその年の初冬までは、ほとんど問題はなかった。そしてその年の冬がきた。簡易水道が迎えるはじめての寒い季節。うまくいくはずの水道は、大晦日の寒波の前にあっけなくダウンし、翌年3月まで流れることはなかった。 そして今シーズンも2月節分前夜にやってきた寒波(この田舎で言う節分じけ)にノックアウト。またしても今日まで流れることはなかった。

2シーズン続けて寒波により凍結した簡易水道に住民は不信感を大にしている。今シーズンはホースも2か所で裂け、水源地の谷も氷の塊で覆われた。マイナス10度以下にはなっていただろう。この田舎は積雪の程度に差はあれど、新潟市と同じような最低気温を冬季には有する四国の中の北陸みたいな地域なのである。この田舎の冬場の自然の厳しさを知らないで設計した会社や、そこへ設計を発注した市の責任はどうなるのだろうか?

新年度からは統合小中学校の新校舎が出来上がり、この簡易水道も使う予定らしいが、このままで使うことができるのだろうか。およそ水道とは呼べない物を作ってしまった結果、重伝建を見ようと展望台に来たこの時期の観光客は最新のトイレが使えず、近くの民家にトイレを借りに行っている。

水道課の職員は頻繁に水道をなおそうと作業に来ては矢面に立ち苦情を受けている。本来苦情を受けるべき関係者はそういう苦労を知っているのだろうか?

さて、水のない生活に困りはて町に住んでいる息子さんたちの家に避難した近所のお年寄りに電話をかけてあげなくては「水がきましたので田舎に帰ってきたらどうでしょう」と・・・coldsweats01

«田舎の水道②

無料ブログはココログ