« ゆっくりの象徴 | トップページ | こまった迷子たち »

2011年5月 8日 (日)

市民って

数年前に町村合併がありオイラの住んでいた村は市になった。村民から町民を飛び越えていきなり市民になったわけで今でも妙に心が落ち着かない。それまでは「ここの村人(むらびと)」とか言えたが「ここの市人」とは言わないし「死人(しびと)」はあっても「市人」って言葉はないから、住民・市民としか言いようがない。所さんの・・とあるテレビ番組で「第一村人発見」なんてやってたが、もう村人とは自分のことを言えないと思うとさびしいdespair

その昔、里の町に下りて何かの際に住所を書くときや電気製品を配達してもらう時に○○村ですかと店員に言われることに抵抗があり、村人と知れるのが少しいやだった。それまでは自分が村人であることや住んでいる村のことを少し隠そうとしていた。この心理の奥底にはできるだけ便利で文明的な生活を営んでいる者が勝ち組で不便なところに住んでいる自分がなんだか負け組のような・・・そんな気持ちがあったのかもしれない。

しかしいざ町村合併で市民になってみると村人であった頃がなつかしい。市民になったばかりの頃は市民なんだとウキウキしたが、よくよく考えると少しばかりテレビのチャンネル数がふえただけで住んでる状況はほとんど何も変わらなかったcoldsweats02

そのテレビもよく見るのはアニメやNHKの子ども番組(子供の付き合い)とNHKスペシャルそしてニュース。あとは『相棒』『科捜研の女』『おみやさん』などのテレビ朝日系列の刑事番組くらいなもので・・・。だいたい平均すると夜3時間くらいしかテレビは見ない。しかもカミさんに至ってはテレビなんてなくてもいいと断言するほどのテレビ嫌いなのだ。

P1000142         地区の中を蛇のように道路が抜けている

合併後、行政の中心が里の町に移ったことで、ここの生活といえばむしろ不便になりつつあるようだ。元村人はどんどんと便利な里の町へ流れていき過疎化が加速している。交付税を出す国にとってこの政策はメリットがあっただろうが、この田舎にはデメリットばかりが目立つ。この場所に生活の拠点がある限り、町村合併をしてもしなくても生活に影響はなかったと思う。むしろ合併をしないで村のままであったほうがよかったのかもしれない。

・・・などと少しここの生活に不満が募ってきた頃、職場の異動で町へ転勤になったことがある。そこの職場の者の多くは町で住んでいるのだが、人としての度量が小さい者が多いのに驚いた。田舎なら笑い飛ばせるであろうことが、町では何か重大なことのように騒いでいるし、自分のことを棚に上げて部下を平気で叱っているとか。あるいは部下の小さなミスをいつまでも責めてみたりとか・・・本当に心の狭い者が多かった。ピリピリとした人間関係の中で便利な生活を送ったとしてもそれが何になるのだろう。たとえ生活に不便があっても心の広い元村民たちと暮らしていける幸せのようなものをその時感じた。

P1000262

         我が家の鯉のぼりは毎年旧暦まで泳ぐ

ここに住む人々が今後も町の悪い影響を受けないで、昔ながらの村民気質を忘れないで生活をしていってほしいと願う。この先、元村民が次々と減っていこうとも、オイラも平家伝説の残るこの地に生まれた村人であった誇りを忘れずにこの田舎でがんばろ~っとhappy01

      

« ゆっくりの象徴 | トップページ | こまった迷子たち »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1499382/39895829

この記事へのトラックバック一覧です: 市民って:

« ゆっくりの象徴 | トップページ | こまった迷子たち »

無料ブログはココログ