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2011年7月

2011年7月23日 (土)

放射能汚染された牛・・・

先の東日本大震災で天災の後、おまけのような事故が発生した。そのおまけはお化けのような事故になっている。言わずと知れた原発の放射能漏れだ。海に地面に空にどんどんと放射能は出続けている。

海に出た放射能の影響は海産物に蓄積される。地面に出た放射能の影響は農作物に蓄積される。空に出た放射能の影響は至る場所に影響が出る。

海産物で生計を立てている人たち・・・とりわけ漁師の皆さんの落胆や憤りは計り知れない。農作物で生計を立てている人たち・・・とりわけ農家の皆さんの落胆や憤りも計り知れない。そしてその被害に対する計り知れない補償はどうするのだろう。

その補償を決めることは大事だと思うし、瓦礫の撤去や被災者の生活支援も大事なことだ。震災後の対応は山ほどある中で、政治家たちは国会でドタバタと茶番劇をしている間に、まだチェックしなければならない何かを忘れてしまった・・・と思う。

  P1010213_2    放射能汚染の牛肉が出ましたって記事・・・

そう空に舞い上がった放射能の影響をすべてチェックしなかった。原発事故の後、空から舞い降りた放射能は干し草を汚染した。それを飼料として与えられた牛は放射能を体内に蓄えてしまったのだ。お茶や野菜に放射能が降り注ぎ汚染されたので出荷を止めたり飲料水が汚染されたので乳児には使用しないで下さいと言って対応を取った。だが干し草までは頭が回らなかったのだろうか。

今世間では牛肉を買うことを控えている。放射能を含んだ牛肉が出回ってしまったからだ。オイラの親父なんかは「絶対牛肉を買うな。小さい孫に食べさせるな」と言っている。確かに今すぐに影響はないと政府は言っているが、今すぐどうにかなるなら大変だ。結局は何十年か先にどんな影響が出るかは誰にもわからない。それを毎日いくら食べる程度なら健康に異常は出ないとも言ったりするが、それも確たる証拠がない。

同じ気温で同じような布団で寝ても何十人に一人くらいは風邪をひく人がいる。同じ物を食べても何十人かに一人くらいはおなかを壊す人がいる。同じ薬を飲んでも効く人と効かない人がいる。つまり人はいろいろな体質があるから一概に影響はないとは言えないと思う。放射能にめちゃくちゃ弱い体質の人だっているんじゃないのかと考えるのだが・・・。

P1010252_2   四国の田舎の空にも放射能は飛んでくることがあるかもしれない・・・

考えるといえばさらに考えるとこの放射能牛肉はアメリカ産やオーストラリア産だからと言って安全かといえばそれもどうだか・・・また売れない東日本産の牛肉をアメリカ産とかオーストラリア産のラベルを貼って売ろうとする輩が出てくるだろう。食品偽装なんて今時珍しくもない。

なぜ東日本で生産される物すべてに放射能汚染の疑いを持たなかったのか。まったく不思議だ。政治家はともかく頭のいい官僚たちがそこまで気がつかなかったのだろうか。空から降る放射能の影響を考えないとは思えないのだ。多分ほとんどの官僚は気がついていて「また放射能がらみの補償で予算が跳ね上がるから黙っていよう」ってことだったんじゃないのか。

P1010253_2   連日こんな後手後手の記事ばかり・・・

牛肉はどれもやばい。なるべく買わないようにしよう。その考えは安易だ。おそらくこれだけでは終わらないかも・・・。両手を合わせて官僚たちは祈る「どうか東日本の豚肉や鶏肉にガイガーカウンターをむけるバカが出ませんように・・・」

2011年7月18日 (月)

剣山の祭り

さて親子で剣山頂上で一泊したオイラたち保育所の面々は日曜日の早朝、4時半に起床した。日の出を見るためにみんな頑張って起きたのだが、あいにく外は接近する台風6号の影響で風が強くそれに乗ったガスがあたりを包んで何も見えない。ときおりガスの合間に朝焼けが確認できるのだが、すぐさまガスで見えなくなる。

それでも頑張って吹きすさぶ風とガスの中、濡れる衣服、冷える体にたえやっとの思いでガスの切れ間から日の出を見ることができた。デジカメではうまく撮影できなかったが頭の中のネガには神々しい景色を焼き付けた。

P1010115       朝焼けが雲の上に輝く

朝食や自由時間の後、この山頂で行なわれる祭りの時間が迫ってきたころ、《活彩祖谷村》の村長さんと仙人さんのふたりに出会った。やはり山のこととなるとこの二人はすごい。当たり前のように頂上で出会うのだから・・・coldsweats01

特に愛媛県から遠路はるばるやって来た仙人さんには感心した。本人いわく三嶺に登るはずだったらしいが祭りだと知って予定変更、急きょ剣山に登ってきたとのこと。

知人を案内しここに登ってきていた村長さんはすぐさまカメラマンに変身しオイラたち家族が神官さんにお祓いを受けている写真を撮ってくれた。

P1010151     青空の中の神輿、神々しい・・・

P1010153  神社の鳥居になびく新しい紙垂が祭りを告げているよう・・・ 

いよいよ多くの方々に担がれた神輿が繰り出され頂上を目指し勇ましく剣山を駆け抜ける。神輿の担ぎ手の中に先月だったかフライデーされた当県選出の議員さんがいたので驚いた。神の近くでその身を清めることができたのであればいいのだが・・・smile

さてその神輿だが、一つ不思議である。木道(歩道)により登山者の立ち入りを防いでいるはずなのに総勢100名は超えるであろうお祭り部隊の面々はクマ笹を踏み付け、踏みわけどんどんと進むのである。約200メートル先の頂上を目指して・・・coldsweats02

P1010169      神輿を担いだ一行はクマザサの中を進む

そのあとその特異な祭りをカメラに収めようとしてクマ笹の中に入ると「一般の人は入らないで下さい」と係りの方からハンドマイクで諌められる。オイラは子供連れなので木道の上でその様子を見ていたが、え~とつい声が出てしまうほどの不思議がそこにあった。

祭りに参加して神輿を担いだり旗を持ったりその他直接祭りに参加している人は保護をしているクマ笹にどうどうと入ることができて、見物している者は一般の人としてクマ笹の中に入ることができないとは驚きだった。それを決めているのは誰なのだろう。この山に持ち主なんていないはずだ。仮に国定公園として管理している国のなんたらが許可をしましたなんて言ったのなら、それは自然を馬鹿にしているとしか言いようがないpout

P1010210   翌日の地元新聞に祭りのことが載っていた

いったん失われていく自然を回復させるためにクマ笹を守ることにしたのなら、たとえ誰であろうとその中には入らせない・・・と一貫したやり方でないとダメだ。祭りのときだけは大勢で踏み荒らしてもいいからねってやり方は自然を本気で回復させる気構えには程遠い気がしたangry

2011年7月16日 (土)

親子お泊り会

子供が通う保育所の夏の行事として親子で剣山に登り一泊する野外学習のようなものがあった。本日、土曜日の昼に家を出て現地集合。そしてリフトに乗って頂上をめざす。リフトを降りてから頂上までは歩いて登って行くのだが頂上まで1時間30分あまりかかったcoldsweats01

P1010081_3   剣山に設置してある看板。色分けによりわかりやすい。

小太郎(長男)は1週間前にやっと3歳になったばかりなので歩くのがおそい。それにみんながつきあった形になった。でも3歳にしてはかなりがんばって歩いたと思う。カミさんがいたので少し甘えて歩くのを中断し、オンブしてもらうこともあったが本気で歩けばもっと歩けたことだろう。小姫(長女)は5歳なのでさすがである。山道をどんどん進みへこたれることなく頂上まで歩いてまだ走り回る余裕があった。

P1010033_2    霧がわきあがってくる登山道をどんどん登った

山頂について深呼吸。やはり山の上はいい。風も涼しいが、雲がきれいだ。登山中には霧が発生していたが、どうにか山頂ではすばらしい景色を見ることができた。ここの山頂は一面クマ笹のジュータンに覆われていたが、登山客などに踏み荒らされて土が剥き出ているところが出始めたので十数年前に木で歩道を作り、むやみにクマ笹を踏み荒らされないようにその上を歩くことになっている。自然を保護しようという素晴らしい試みだ。この歩道は木道(こどう)と呼ばれている。

P1010062   剣山頂上三角点は石積みでしっかり守られている

明日はこの山頂で祭りがあるらしい。その前夜祭として山頂ヒュッテで神事があるとのことで午後6時から当保育所の面々も参加した。子供たちにはこの厳かな雰囲気に身を置くことは非日常的であり不思議な体験をしたことだろう。

P1010067   山の上の白い雲はとても大きくてきれいだった。

夕食前に泊まり部屋の窓から見た景色は下界とはかなり違い幻想的であった。夜になると標高の高い場所ゆえに少し肌寒くなってきた。今日の昼前には家の中でぶんぶんと扇風機を回していたのがうそのようだ。夜の散歩でホタルをみんなで探して観察した。笹の中で生まれたこのホタルはヒメボタルと呼ばれるそうだ。写真を撮ったのだが失敗して写ってなかったcrying

P1010096 日没間近のオレンジ色の雲をバックに、奥が三嶺。手前が塔の丸。

登山の途中でオイラの登山靴がお釈迦になった。靴底がはがれてしまってどうにもならない。かなり長い間使ったので無理もない。この靴でどれだけの山を登ったことだろう。とりあえず明日山を降りたらこの靴に礼を告げ、新しい靴を買うことにしたい。

2011年7月14日 (木)

ブログ3カ月・・・

ブログの更新がこれほどできなくなるとは思ってもみなかった。梅雨明けが例年より10日ほど早くなって、いい天気が続くと家造りで時間がなくなってしまう。仕事から帰ってカーペンターになり一日がんばると夜は疲れて眠ってしまい、パソコンに向かう気力もなくなっている。

ココログでココロがクツログとかなんとか言いながらやっと3カ月近くになるが、ブログの更新はできれば1週間に3回はしたい、少なくとも1週間に1回はしたい、いやできると思っていたがそれができない自分が腹立たしい。時間さえあれば書くことは山ほどあるのにそれができない。昼間の疲れが取れないということは・・・あまり考えたくないがオイラもそれなりの年になったのか、いやだいやだ考えないことにしよう。

さて、この近くにある中学校が建て直されることになりこの春から解体が始まり、今は基礎の部分が終わり、一部の校舎の骨組みは出来つつある。近年になってコンクリートで作られた箱の中で教育を受けた子供はキレやすいとか言われて、人にも環境にも優しい木で作られることになっている。

ゆえにその骨組みは木でできているのだが、人間の創造力は素晴らしい。在来の木造ではその形に決まりがあるが、最近は集成材や建築金物の進歩によってたとえ木造であっても独創的な形の建物を造ることができる。骨組みを見る限り木造であるといっても近代的な設備を備えた斬新な建物であることは間違いない。

P1010214     木造の音楽ルームが奥に見える

過疎化が進み子供の数も年々減少していく中で旧中学校舎のあったこの場所に中学校・小学校・保育所が全部集まることになっている。建物が斬新なら学校形態も斬新であるというわけだ。子供を持つ親としては期待もあり楽しみでもあり、そして多少の不安もある。

仕事や買い物の行き帰りに毎日そのすぐ近くを運転して通るのだが、どんどんと工事が進むにつれ、何となくさびしい気持ちになる。おかしなもので古いコンクリートの校舎を取り壊しているときには「ついに解体が始まったか、耐震建物でもないし、しかたのないことだ」くらいにしか考えなかったのだが、見慣れた背景には変化がないのに、その場所に長い間あった物体と違う物体がその形をはっきりと現してくるにつれ、さびしいという感情がわいてくるのはどうしてなんだろう。

たとえばある子どもの母親が生死は別にして目前からいなくなり、ある一定の時間が経過したのち、お父さんが後妻をもらいその人が食事の際に先の母親のイスに座る・・・その時の子どもの心境に近いものだろうか・・・?

P1010215        この建物は小学&中学の教室が入る

いずれにしても、あの解体された薄汚れたコンクリート校舎ができたばかりの頃に、そこに入学し友と学び遊び成長した自分がいたことは確かだ。

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