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2011年5月 3日 (火)

巨大地震と大津波

平成7年1月に関西を中心に発生した地震は甚大な被害をもたらした。いわゆる阪神淡路大震災であるが、当時神戸市の長田区に仕事で行った時に瓦礫と焼け野原が広がる市街地に立っていると、そばへ歩いてきた老人が戦中の空襲の後のようだと言っていたことが、最近思い出された。

そのきっかけは3月11日に東北沖で発生した大地震による悲惨な状況を見たときだ。当日親戚を訪ねると、たった今大きな地震があって関東に住んでいる子供が心配だ・・・と言っているのを聞いて巨大地震のことを知った。家に帰りすぐリモコンを取りテレビをつけた。いつもと違う異様な雰囲気の中、沖からやってくる大きな津波を見たときこれが現実なのかと我が目を疑った。数十分後、この大津波は巨大地震によって産みだされた恐ろしい現実であることを我々日本人は自覚することになる。

次々と沿岸に押し寄せた大津波は東北から東関東の各地を襲い、普通に暮らしていた人々の命や財産を根こそぎ奪っていった。その光景は、映画やテレビで見る架空のものとは明らかに違って感じられた。巨大地震でダメージを受けたところへ大津波が押し寄せ天災によるダブルパンチは被害をこの上ないほど甚大なものにしたのだが、それだけで終わらなかったことが今回の災害の悲惨なところだ。

巨大地震と大津波が去った後、福島県の原発から大量の放射性物質がその敷地外へと漏れ出したのだ。想定外の地震と津波で原発が異常をきたし今回の事故が発生したと電力会社は説明をしたが、なんと無責任な言葉なのだろう。壊れれば放射性物質による地域汚染は免れないことがわかりきっている。そんな原発の安全に関する想定をいったいどれくらいと見積もっていたのだろうか。

こんな危険な施設を造るのなら、たとえ日本が沈没して海底に沈んでも放射性物質はけっして外部に漏れ出さないくらいの想定をして設計してほしかった・・・と原発事故に追い立てられ故郷を出て行かなければならなかった被災者の多くは考えているのではないかと思う。

将来、国も原発に頼らない政策を取るかもしれないが、国民も原発でまかなわなければいけないほど電気を使わないで無駄遣いはやめるべきだ。えらそうに言ってる手前、せめて無駄な電気は使わないようにとなるべく身近なところから節電をしてみるとこの1カ月頑張った結果、3千円あまり電気代が安くなっていた。

いつもの都会の夜、地上には銀河のような光が渦巻いていたが、計画停電の夜は真っ暗になった。田舎では真っ暗な地上から夜空を見上げ、きれいな星々に感動することは容易だが、都会ではそうはいかない。しかし今回だけは真っ暗な下界から天空を見上げ、たくさんの星を眺めてほしい。その中には大震災で亡くなった悲しい魂が星になって輝いているかもしれないからだ。

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