日記・コラム・つぶやき

2013年6月11日 (火)

今年の梅雨は・・・

今年はいつになく梅雨入りが早くなった。いよいよ雨空と付き合わなくてはならないのかと思いきや晴れた日が続き、各地で水不足がおきている。

今日のように晴れた暑い日に汗を流しながら仕事をしていると、つい昨年夏の忌まわしい出来事を思い出す。トト虫は生まれて初めて熱中症になったのだ。夏休みに入り当時6歳の小姫、4歳の小太郎をつれてカミさんが実家の神奈川県に里帰りしている間にそれは起きた。

古い浴室を壊しリフォームしようと朝からコンクリートを壊す作業などをしていた。もちろん熱中症の怖さを知っていたので水分をとってはいたが、ちょうどスポーツ飲料をきらしていたので、お中元に頂いた缶コーヒーを何本かすすりながらの作業になった。

滴り落ちる汗を拭きながら夢中で作業を進めていると、だんだんと体が思うように動かなくなり、昼食すらも取れなくなった。疲れすぎたのかと思い、しばらく横になっていると、体調はさらに悪くなりトイレに行こうとしてもふらついてうまく歩けない。coldsweats02

その時はじめてひょっとして熱中症になったのかも・・・と不安になった。夕方、おふくろに頼み町の病院まで車で送ってもらい、点滴をすませて夜中に帰って来た。ドクターに、これからは熱中症をふせぐように塩分を含むスポーツ飲料のようなものを十分とりながら作業をしてください。コーヒーの類はだめですよ・・と言われた。

今年はすでに夏日が続いている状態だ。ニュースでは各地での水不足と熱中症で病院に運ばれた人の話題が増えている。みなさん、熱中症にはとにかく気を付けてください。こまめな水分補給を欠かさずに暑い季節を乗り切りましょう・・・happy01

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2011年5月 8日 (日)

市民って

数年前に町村合併がありオイラの住んでいた村は市になった。村民から町民を飛び越えていきなり市民になったわけで今でも妙に心が落ち着かない。それまでは「ここの村人(むらびと)」とか言えたが「ここの市人」とは言わないし「死人(しびと)」はあっても「市人」って言葉はないから、住民・市民としか言いようがない。所さんの・・とあるテレビ番組で「第一村人発見」なんてやってたが、もう村人とは自分のことを言えないと思うとさびしいdespair

その昔、里の町に下りて何かの際に住所を書くときや電気製品を配達してもらう時に○○村ですかと店員に言われることに抵抗があり、村人と知れるのが少しいやだった。それまでは自分が村人であることや住んでいる村のことを少し隠そうとしていた。この心理の奥底にはできるだけ便利で文明的な生活を営んでいる者が勝ち組で不便なところに住んでいる自分がなんだか負け組のような・・・そんな気持ちがあったのかもしれない。

しかしいざ町村合併で市民になってみると村人であった頃がなつかしい。市民になったばかりの頃は市民なんだとウキウキしたが、よくよく考えると少しばかりテレビのチャンネル数がふえただけで住んでる状況はほとんど何も変わらなかったcoldsweats02

そのテレビもよく見るのはアニメやNHKの子ども番組(子供の付き合い)とNHKスペシャルそしてニュース。あとは『相棒』『科捜研の女』『おみやさん』などのテレビ朝日系列の刑事番組くらいなもので・・・。だいたい平均すると夜3時間くらいしかテレビは見ない。しかもカミさんに至ってはテレビなんてなくてもいいと断言するほどのテレビ嫌いなのだ。

P1000142         地区の中を蛇のように道路が抜けている

合併後、行政の中心が里の町に移ったことで、ここの生活といえばむしろ不便になりつつあるようだ。元村人はどんどんと便利な里の町へ流れていき過疎化が加速している。交付税を出す国にとってこの政策はメリットがあっただろうが、この田舎にはデメリットばかりが目立つ。この場所に生活の拠点がある限り、町村合併をしてもしなくても生活に影響はなかったと思う。むしろ合併をしないで村のままであったほうがよかったのかもしれない。

・・・などと少しここの生活に不満が募ってきた頃、職場の異動で町へ転勤になったことがある。そこの職場の者の多くは町で住んでいるのだが、人としての度量が小さい者が多いのに驚いた。田舎なら笑い飛ばせるであろうことが、町では何か重大なことのように騒いでいるし、自分のことを棚に上げて部下を平気で叱っているとか。あるいは部下の小さなミスをいつまでも責めてみたりとか・・・本当に心の狭い者が多かった。ピリピリとした人間関係の中で便利な生活を送ったとしてもそれが何になるのだろう。たとえ生活に不便があっても心の広い元村民たちと暮らしていける幸せのようなものをその時感じた。

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         我が家の鯉のぼりは毎年旧暦まで泳ぐ

ここに住む人々が今後も町の悪い影響を受けないで、昔ながらの村民気質を忘れないで生活をしていってほしいと願う。この先、元村民が次々と減っていこうとも、オイラも平家伝説の残るこの地に生まれた村人であった誇りを忘れずにこの田舎でがんばろ~っとhappy01

      

2011年4月27日 (水)

杉の皮むき

家の下には杉の木が数十本立っていて見通しが悪いので、これを切ろうと以前から思っていた。調べてみると『巻き枯らし伐採』といって、今頃から8月頃までの間に杉の皮を立木のまんまで剥がして枯らすやりかたがあるらしい。1年後にチェーンソーを使って切り倒す時も内部が乾いているので、かなり軽くなって危険性が少なくなるとのこと。

さっそく杉の皮をむいてみようと道具を持って下の杉林に降りて行き実際にやってみた。思っていたよりも簡単に杉皮をむくことができたので驚いた。

直径15~30cm程度のものはすぐに皮むき完了となったのだが、やはり自然というものがそうやすやすとゆるしてはくれない。

直径が35cmを超える杉になると皮が硬いうえに厚くなっているので今までのように簡単にはいかない。それでも時間をかけどうにか剥がすことができたhappy01

地肌がむき出しになった杉の表面はとてもなめらかでじっとりと湿っており、触ってみるとひんやりと冷たくて気持ちがよく、植物が地下から水を吸い上げていることが実感できる。

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皮をむくと木によっては水滴が流れ落ちる。それほど水を吸い上げている杉の木がどれほど植林され、この村には現存しているのだろう。

昔、田んぼや畑だった場所に杉を植えてしまって田舎のよさは半減している。ここに住んでいる人はまだ多少なりとも手入れができるが、都会に引っ越し出て行ったきり自分たちの植えた杉の木などしらんぷり・・・そんな人も多いのではないだろうか。

ほったらかしにされた杉の木は大きくなりその数も膨大だ。どんどんと水を吸い上げ谷や川の水が減ってしまい、飲み水の確保すら困難な地区もあるようだし、花粉症の原因ともなっている。

最近は育った杉林が勢いを増し雑木林がなくなった結果、鹿やイノシシはたまた猿の軍団が押し寄せ、お年寄りたちが楽しみに作った農作物を食い荒らしていく。その対応に多額の税金を投入するという情けないことになってしまった。

ことの発端は40年ほど前の植林政策にほかならない。これがすべての元凶だろう。オイラが小学低学年の頃には四季折々に山の景色は変化し、秋の紅葉時期にはこの田舎のどこへ行っても錦絵のような景色が堪能できたと記憶している。今では四季の区別はつきにくい。杉林に覆われたこの田舎は年中深緑一色である。

植林政策のうたい文句・・将来は大きくなった杉の木でひと儲け・・に見事に踊らされ当時の者の多くは雑木林を切り倒し、田畑をとわずせっせと杉の苗を植えていったのである。うちの親父も多分にもれず植林をしたのだが、その息子のオイラが杉を切りたい一念から、自称杉切り隊の隊長などと吹聴していることが悲しい因果であるdespair

その夜になって腕が痛い・・あれ何で?・・そう、杉の皮むきで筋肉痛を起こしたらしい。皮を引っ張り腕を上に強くあげる動作をするのだが、それをやったおよそ2時間あまりで体がヤケを起こしたのだwobbly

次回、杉皮をむくときには己の体と相談しながらゆっくりとやらなきゃな・・・。

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